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タイ北部に秘技として伝わる民間不妊療法「カルサイネイザン」を日本で伝える数少ないカルサイ・セラピストの活動記録


少し宗教の話

宗教、というと日本ではカルト扱いされ警戒されがちな世相がある。

、、ここで云う宗教は文化風俗ではなく信仰としての宗教、、

例として仏教

仏教は認識論・存在論であり世界は「認識された現象」であるから自我(便宜上自我という表現を使う)の陶冶を徹底的に実践する思想。

つまり、世界の構成に他我の入り込む余地がないから、国が悪い、社会が悪い、他人が悪い、、等々、、「誰かのせい」という観点がない。

しかし、そうはいっても人間だから堪えきれない事もあるだろう。悲しみや絶望に打ちのめされる事もあるだろう。そうした時はどうするのか。仏に祈るのだろう。仏に涙を流し、思いをぶつけるのだろう。仏教には天地宇宙と意識(自我)しかないのだから、他人を責めるとか愚痴るとかはしない。

昨今、SNSのインフラ化によって誰でも気軽に社会批判が可能になった。言論への参加が容易になることは歓迎されるべきだが、およそ批判とは言い難い非難に溢れてはいないか。

私は宗教者ではないが、信仰に生きている人は本当に尊敬する。神に祈る時間、仏に祈る時間が社会にもっとあれば、、いや…宗教同士の争いが増えるかな(^^;

話は一転するが、日本神話に有名な「ヤマタノオロチ」の話。

一般に流通しているのは「頭が八つある大蛇が村を襲い苦しめていたところ、スサノオノミコトが酒を飲ませて眠らせ首をはね倒した」というもの。

これは、ある歴史的事実(多分)を物語として脚色したものと言われている。

事実はこうだ。
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かつて土石流に悩まされていた土地があったがタタラ製鉄の都合上どうしてもその土地を開墾する必要があった。その土地を治水し、堤防をしっかりと作っていく。また各所に水門を築く必要もある。この堤防や水門の完成において御神酒を祀った。

そして土石流が生じた際、水門は突破されず見事に災害を防いだ。

「頭が八つある大蛇が村を襲い苦しめていたところ、酒を飲ませて眠らせ首をはね倒した」のだ。結果「素晴らしい剣」が得られた。

事実はタタラ製鉄が上手くいき、非常に良質の玉鋼の生産が可能になったという公共土木や治水の話だ。

比喩や脚色された物語から事実を逆照射すると、当然というか、リアルな話に辿り着く。そこには神話の神々しい世界ではなく人々の現実がある。

仏教やキリスト教しかり。

きっと、宗教の役割は蓋だったんだろうなぁ…と想像する。仏教的に表現すると、三毒に冒された地獄の蓋。

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