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否定し難い普遍もある

カテゴリー記事に頻出する普遍否定には幾つかの前提がある。

①抽象普遍を否定していない。この普遍は、抽象名詞あるいは普通名詞として自我に陰伏潜在する無自覚といえる。

②否定は抽象普遍の現実態。

山田(私)は人間である。
帰納法によって現成する「人間」という普遍妥当な性質と無自覚に合一している山田。

山田は何者でもない
「有ると有らぬ」の同時存在

そしてこの普遍から任意の他者要素集合「私」が普遍を自覚することで特殊たる山田が分立する。所謂、客体と主観の分離。

私と私を見返す私

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この即自の普遍態と対自の限定態が交差する場に開示される存在が所謂「現実存在。」実存。

このとき私が前者へ寄れば山田は頽落するが、普遍が存在しなければ山田もまた存在できない。その意味において、私を山田足らしむために特殊が。山田を私あらしむために普遍があるのだ。

弁証法にすると正と反。

電子の移動と電流の正反関係が電気であるように、私もまた、その内に或る固有の他者と普遍の者との対照なのだ。


・・続く

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