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衆院選雑感

〈副題〉
選挙の虚実


過去記事「投票日前日」への追記

今更感満載ですが、選挙自体を民主主義運営の有効な手段とみなし難くしている個人的論点を実は抱えていて、まったく答えがでない。

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有権者と有権者によって信託を受けた代表者の関係は、有権者からの信任、つまり委任によって発生する地位だろうと思います。

ここで先ず問題となるのが委任とは何かです。

民法的には「第643条:委任は、当事者の一方が法律行為をすることを相手方に委託し、相手方がこれを承諾することによって、その効力を生ずる。」ですが、法律行為を国政と、委託を信託と読み替えて考えてみると、ある疑問が浮かび上がります。

一般的な委任契約において、たとえば佐藤さんが「缶コーヒーを買ってきて」と山田さんにお願いした場合の法律関係は、受諾した山田さんが「缶コーヒーの購入・所有権移転義務」を佐藤さんに対して負う事になろうかと思います。(代理権授与については論外とします。)

では、このような論理を有権者と代議士の関係に適用できるのか、について、思想は命令的委任・自由委任2つの立場を社会に用意しています。

代表者は選挙母体の意思ないし指示に拘束される、と考える命令的委任。
代表者は選挙母体の意思ないし指示に拘束されず、自己の信念また良心にのみ拘束される、と考える自由委任。
日本は自由委任原則の立場をとっていたと思う。

立候補者の信念その具体である政策を通じて被選挙人を判断し、その自由判断に基づき信任票を投じる行為を選挙と私は観念しているけれど、自由委任の世界では委任を受けた代表者は法的になんら拘束されないのだから、結局のところ白紙委任と何が違うのかと。

そりゃ選挙向けの発言
選挙後の発言変わるよね

信任できない候補者であったり約束を果たせなかった元議員は選挙で落とせばいい、と簡単に言う人いるけれど、落とす仕組みが制度として存在するわけじゃないんだよな。

信任不能な候補者のみ立つ選挙区だと棄権する以外に意思表示の手段ないですから、無闇矢鱈に「選挙へ行こう!」啓蒙アナウンスされてもなぁ、、という思いが強まっただけの選挙でした。

もっとも、自由委任は駄目で命令的委任ならよい、という単純な話でもなく。

自由委任の観点からは、代表者の政策が一向に進捗しない状況も、発言の変節も、政策の修正も、それは国会議員が選挙母体の利益代表じゃなく、あくまで万民の代表だからであって、いわゆる「高齢者の医療費2割負担法」もその文脈なのだろう。

実際上はかように折衷的な運用なのだけれども、高齢者多数の状況で社会が命令的委任全振りだったらやっていけない若者もいるだろうから、これに限らずマイノリティーの立場ならささやかだが恩恵には違いない。

誰もがマジョリティーである自分とマイノリティーである自分をあわせ持っている。難しい。


・・もう選挙の話はこれを最後にやめよう・・

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