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神格化と悪魔化

実体験上の観測でしかないが(つまり質の悪い推論だけど)一応経験事実からなる帰納法だから憶測や偏見と少し違うよネット匿名言論にみる時事評論の特徴あれこれ。

ネット匿名言論は評価対象(個人・団体・国など)を「神格化/悪魔化スキーム」へフレームインして論じる傾向が強くないか。善悪二元論の終着地。

その見方は成立するのか・しないのか、成立はするかもしれないが、そこを主眼に評価するのが不適当という話なのか。ではその適否の基準は無条件にすべての存在(時間、場所、様相等の状況)へ妥当するのか。

たとえばウクライナの指導層が英雄とか傑物とか評価される時勢であっても、日本や台湾の安全保障視点からすれば中国に武器を流す危険な武器商人としての顔がチラつく。

一方、亜細亜から遠く離れた欧州からすればウクライナ指導層を英雄と評価する人達がいても不思議はないし、寧ろ自然だ。

彼ら(ヨーロッパ中心の欧州普遍主義)からしたら、やれ価値観の連帯だと嘯いたところで日本や台湾の平和なんて関係ないだろうから中国に対する武器供給を悪し様に取り上げる意義は薄いんじゃないか。

フランスだってやってるしね。

ただそれは欧州に住む者の視点。視野狭窄に陥りがちなヨーロッパ中心の欧州普遍主義と違い本来事象評価には様々な視点があってよく、何を主眼に論ずべきかは其々の立ち位置に規定されて当たり前。

国際関係におけるインドの立ち振る舞いはわかりやすい例。

日本国内の例でいうと「沖縄は本土と辿った歴史や地理条件が異なる」以上、安全保障論で本土と異なる視点や感覚を持ち合わせる人がいても、それは仕方ない事でしょ。

基地問題の「差別的」現状、解決を訴え:沖縄知事が復帰50年で新たな「建議書」

引用元:沖縄タイムス
2022年5月8日 09:48配信

2022.05.08 引用部追記
ウィル・スミスの件もそうだけれど、ネット匿名論壇視点だと、【日本は「ウィル・スミスよくやった!素敵!」となっちゃう国。】‥などと嫌味っぽく悪魔化されがち。少なくとも私はこんな手放し全肯定のセンテンスみたことない。

大抵のアンケート結果は「①行動自体はよくないけれど②気持ちは理解できる」といった具合でセット表示される心情描写を主眼にした行動支持なき葛藤入り混じる理解でなかったか。 

(前件①・後件②の主従を逆転させたら満足するのか、全否定・悪魔化されない限り満足しないのか。それ宗教だけど。)

たとえば外国でありがちなマイノリティーによる抵抗運動も現地的な肌身感覚としての治安や秩序(無関係者の財産や身の安全)を主眼に様態の適否を軸に論評する人がいてもおかしくないし、運動様態や治安も大切だけれど動機や目的、気持ちはわかるよという論評があっても全然おかしくない。

事象という多様体を一点評価するだけのネット匿名言論にどんな意義があるのか最近いよいよわからない。

いやはじめからネット匿名言論に意義なんてないよ馬鹿だなぁ‥あたりが大多数の認識なんだとは憶測するが。

そしてこれもある種の悪魔化なのだろうな。(ネット匿名性への意義は幾らでも見いだせるし、個人の経験的帰納法なんて簡単に崩せる。)

このように、自分が心理的な周辺視野喪失に陥ってないか常に省みたいものである。

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