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三国志の解釈

副題:可能世界

俺がはじめて触れた漫画は横山光輝三国志。実家の共通書棚(漫画コーナー)にゴルゴ13や明日天気になあれと並んで置かれていた、歴史漫画界にあって知らぬ者なしと言わしめる不朽の名作。大人になった今も大好きなストーリー。

ところで、横山光輝三国志は劉備を正統と扱い物語を進行させてるからおそらく演義をなぞってるんだと思うが、そう読んだ俺の読解は間違ってないよな。

ただ、あれを「劉備による皇位僭称物語」と読む人もいるかもしれないし、いやいや劉備や曹操らを舞台装置とした英雄なき人間群像劇である、と解釈する人だっていてよい。いてよいが、では演義が何を主題に書かれているかと言えば、やはり「漢王朝の血を引く‥と一方的に主張する劉備」と「漢王朝を正当な地位に基づき輔弼する曹操」というヒーロー対ダークヒーローの対立軸を通した権力闘争じゃないか。

だって演義だもん。

で、結局のところ劉備って皇位僭称の逆臣なのか?

横山光輝三国志の知識だけでいうと、劉備の血筋って母ちゃんの「アンタは末裔」的な口伝だけが根拠だったような。そして少なくとも蜀は漢王朝の正統でない以上、正統である魏へ北伐と称して侵攻し続けた諸葛亮は逆賊とよぶほかないような。

子供の頃は素直な童だったから、作者の狙いどおりに読み込んで「蜀滅亡で涙きながら地団駄踏んで劉禅憎んで終わり」だったけれど、いま改めて考えてみると、やっぱり演義は演義だよな。‥蜀推しの人には大変申し訳ないですけど。

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