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40°Cと20°Cの話

副題:世界(見え方)を変える尺度と観点は「何のため誰がため」に必要なのか

ある大学教員のスノビズムっぽい冷笑マウントをみた。酷い。
40°Cは20°Cの2倍の温度ではない
これを理解してるのは社会の少数派
大抵の人は説明してもわからない
理解の程度については私も恥ずかしい限りだけれど、さすがに40°Cを20°Cの2倍の温度と考える人なんて見たことない。

たとえば・・友人2人へコーヒー淹れるとする。

水温100℃の水(お湯)100ccを2カップに等分で分けた場合、各カップに占める液体の容積は50ccに分割されるけれども、温度についても同じ理屈で50℃になるんだと考えちゃう人、日本中をくまなく探しても見つけるの難しくないか。

同様に2カップに分割された液体を一つの容器に戻した場合の容積は2倍の100ccだが同じ理屈で温度も2倍になるとか発想する人はいない。文字通りの意味で絶無だと思う。

なんで100℃の2倍で200℃にならないんだ!とか言う人みたことないよ。

T=t1·m1+t2·m2/m1+m2
T=100·50+100·50/50+50
T=5000+5000/100
T=100
分子の振動を熱運動といい、この度合いが温度になる。

但し熱運動が異なる物体へ移動(並進運動)すると温度は平均値をとるので倍の200℃にならない。たとえば速く動く物体Aが遅く動く物体Bへ衝突した場合Aは遅くなりBは早くなるのと同じ。

100℃が50℃へ衝突したら‥

T=t1·m1+t2·m2/m1+m2
T=100·50+50·50/50+50
T=5000+2500/100
T=75
容積と温度で別々の動きを見せる理由は物理量の概念(性質)が異なるからだ。この性質の異同にそれぞれ名がついており、前者の物理量を示量性、後者は状態量で示強性といったはず。

系の大きさ(全体の量)は部分の量の和に等しい、又は部分の量は系の大きさに比例(y=a×x)する、という性質が示量性。

容積は示量性
100cc=50cc✕2カップ分

示強性は物理の状態量なので比例とかない。

また尺度にも観点があって、温度は「値の大小関係と値の差の大きさ」で成る尺度で測る。容積は「値の大小関係と値の差の大きさと比」から成る尺度で測る。前者を間隔尺度といい後者を比例尺度という。

違いは「示量性/示強性」よりも明快で、まず間隔尺度は真の零(基点)を置けない。たとえば0℃は温度が零(無い)という意味じゃないですよね。凝固点に零を置いてるだけですよね。

たとえば華氏なら「32℃」ですしケルビンなら「273℃」といった具合で当該数字それ自体に絶対的位置が存在してるわけじゃない。

なので「ある値と値」を見比べたとき「値の大小関係と値の差の大きさ」しか言及できないわけです。絶対的基点、つまり原点をもたない尺度なので○○から幾倍とかも言えない。

他方、比例尺度には真の零(基点)を置く事ができます。身近な例をあげると「お金」がそうです。これは比をとる事が可能な変数尺度です。

y=a×x

400円(変数)は200円(定数)の2倍(変数)と言えます。

***

勉強したの遥か昔なので記憶あやふやだけど。

日常の体験知として直観的に理解できる内容であっても言葉で記述しようとすると「熱と温度」ってそれなりに面倒な概念だなと書いてて思った。

結論
「40°Cは20°Cの2倍の温度」と言えようが言えまいが最早どうでもよい気がする。確かに使う尺度を間違えると温度を正しく捉えられない‥とはいえ、日常生活の中で口から出た温度表現なんて言葉のあやレベルの話だろう。誰が言ったか知らないけれど、わざわざ揚げ足をとるような問題か。

元ネタは地上波放送なのかユーチューバーなのか出処がよくわからないけれど、交換法則の話とか三角関数の話とかホント飽きないよな、SNSマウント‥(^_^;)

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