24-BLOG

雑文集

価値観闘争の末路と介護の値段

書き足しのため表題変更しました。
旧題:いろんな人を不幸にする報道

副題:人権の現象論と善の暴力を生むパラダイム

https://twitter.com/nhk_heart/status/1647887628291678210


介護の前提

これは利用者側に起こりがちな不満ではあるけれど、訪問介護サービス利用の構造上、介護ヘルパーが一方的に派遣されるなんて事はなくて、大前提、居宅介護支援事業所(ケアマネジャー)が利用者サイドと面談したうえ作成されるケアプランを基礎に介護事業者は介護計画を練るので面談時点で異性介助絶対NGを希望されてるならば、これをケアマネが無視するとは考えづらく、また事業者側がマッチングを無視するとも考えづらい。

具体的には、たとえば障害者総合支援法に規定される自立支援給付(介護給付)を利用する場合、通常は市区町村から指定される相談支援事業所の所謂ケアマネ(相談支援専門員※1)がサービス利用計画を作成し、サービス提供事業者の個別支援計画に反映させるはず。

個別支援計画はサービス開始後であっても当然に見直し可能です。

下掲は介護保険法における丶丶丶丶丶丶丶丶丶訪問指導時の訪問介護確認項目です。
出典:厚生労働省

※1)障害者福祉と高齢者福祉は根拠法が異なるためケアマネジャー(介護支援専門員)という呼び方はしません。ちなみにアマネジャーは有資格者以外の者による業務の実施や名称使用が制限される法定資格(根拠法に基づき国から認定される資格)ではないです。

(福祉業界なら社会福祉士及び介護福祉士法で規定される両士業は法定資格。)

ケアマネは事業者が介護保険給付の対象指定を受ける際に配置を義務付けられる必置資格にすぎず(介護職の最上位資格などと喧伝されがちだが)少なくともケアマネは介護福祉士と上下関係になく業務独占の立場もないのでサービス内容(介護計画)についての相談は訪問介護なら先ずサ責、個別支援計画についての相談はサビ管でよい。
障害者虐待防止法上も高齢者虐待防止法上も本人の意思に反して異性介助を繰り返し行うことは心理的虐待。」とされるが法律関係なく気持ちはわかるし同性介助原則はそのとおり。

ただ人員不足の中で100%利用者の要望(価値観)に寄り添えるかというと、介護事業者は利用者一名のみ相手にしてるわけじゃなく、オペレーションで管理しきれる問題じゃないから希望に添えない不測の事態も起こりうる点、そこは説明されてるはず。

事態の最小化は介護事業者であればどこも努力してるが介護業界は慢性的に人手不足。とりわけ訪問介護はコロナ以降もう限界なんじゃないか。業界自体も高齢者福祉の場合は老(介護職)老(利用者)介護化してますしね。

※NHK引用を重度訪問と決め付ける文構造になってますが違ったらごめんなさい。要員計画の厳しさは事業形態によって当然に増減します。介護保険事業だと夜勤業務もなく介護認定度の低い利用者が多い傾向にある通所介護事業所は人が集まりやすく、反対の事業所は集まりにくく離れやすい。

記事タイトル
訪問介護は崩壊寸前!低賃金・高齢化でホームヘルパーは「絶滅危惧種」に

引用元
ダイヤモンド・オンライン
2023-01-29 05:10
次は在宅介護型訪問でないけど。

【福祉の現実】重度の障害者が暮らす入所施設が深刻な状態に 新型コロナが慢性的な人手不足に追い打ち 大阪・岸和田市【newsおかえり特集】 - YouTube

介護職員の尊厳


男性ヘルパーの入浴や排泄介助を受けました/尊厳を無視しないで欲しい/心身共にナイフでズタズタにされる感覚でした/性犯罪被害に遭っているのと感覚は変わりありません

当該↑ツイート、これ男性ヘルパーへ確実に向かいます。男性ヘルパーを性犯罪者呼ばわりしてるわけじゃない、といった弁護や擁護をしばしばみるが、この解釈は論理的に成り立たない。

じゃあ投稿者又は女性一般が性犯罪被害と感じる又は感じた行為(強制わいせつ?)を受け手に働く主体を文構造は誰と指摘してる?

どう読んでも男性「個物a」じゃなく普遍名詞「男性」じゃん。

たしかに男性ヘルパーを「性犯罪者」と直接は言ってないが、呼ばわり(いかにもそうであるかのようにズケズケと言うこと:新明解国語辞典参照)になってる。

ツイート内容の真正性が明らかでない。ただ創作にしても尊厳の問題は大切なので訴える社会的意義が否定されるものでないけれど、訴え方や表現をもう少し工夫しないとNHKの表現手法では誰も幸せにならない。

異性介助100%NGで合意してるのか、可能な限りNGで合意してるのか。①前者であって事前同意なく一方的に合意事項を破られたのか②後者であって、やむなく意に沿えなかったのか。

②であるならば、つまり①でない限り【性犯罪被害に遭っているのと感覚は変わりありません】とまで言われる筋合はなく、①が真相ならば事業者側は叩頭ものでNHKは事業所名を報道すべだろう。②が真相ならば当該訴えは迷惑クレーマーものだ。

また利用者側の希望に沿わない対応があった際、事業者に申入れてなお(連続して)改善されないのか。改善困難の理由にどうしても納得できないならば、異性介助100%絶対NGならば、もう事業者を変更する他ない。

事業者側も利用を断る他ない。
マッチングしようがないから。

記事タイトル
重度訪問介護でヘルパー不足 依頼の6割以上支援できず 事業者調査

引用元:毎日新聞
2023/4/18 07:30
「依頼の6割以上を支援できず‥」
ヘルパー不足も相まって、これが社会の現実である。

介護職員の人権

あくまで一般論ですが、入浴介助は転倒事故の起きやすい危険度の高い場面ですから肥満体型(つまり重い人)の介助を女性が一人対応するのは(過度な負担を強いるため)難しく、“互いの”危険回避の観点からも男性による介助が望ましい。

肢体不自由は脱力が加わるため尚更難しいと思う。

次も一般論ですが‥

【労働基準法】
第六十四条の三
①使用者は、妊娠中の女性及び産後一年を経過しない女性(以下「妊産婦」という。)を、重量物を取り扱う業務、有害ガスを発散する場所における業務その他妊産婦の妊娠、出産、哺育等に有害な業務に就かせてはならない。

②前項の規定は、同項に規定する業務のうち女性の妊娠又は出産に係る機能に有害である業務につき、厚生労働省令で、妊産婦以外の女性に関して、準用することができる。

【女性労働基準規則】
第二条第1項
法第六十四条の三第一項の規定により妊娠中の女性を就かせてはならない業務は、次のとおりとする。

第二条第1項第一号
次の表の上欄に掲げる年齢の区分に応じ、それぞれ同表の下欄に掲げる重量以上の重量物を取り扱う業務。

満十八歳以上
断続作業の場合、30㌔
継続作業の場合、20㌔


***

利用者の人権大切は言うまでもない事。その一方、労働側の人権ってほんと軽視されがち。一つ一つの場面に個別の状況が存在するのに(そうした現象の中に隠れた事実を紐解こうともせず)頭ごなしに平板化して糾弾してしまう。それを公共放送たるNHKが率先してやってるんだよな。

日頃女性の人権を叫ぶ人達って場面が介護になった途端、女性を酷使しても痛痒を感じなくなるのね。

労働安全衛生法24条や労働者災害補償保険法1条のいう「労働者の福祉の増進」を犠牲にしてまで実現すべき社会正義なんて私には観念できないが。

各自ご自身の(心の内なる)良心の問題として自己犠牲されるのならばわかる。

あとこれは女性障害者にとっての話なのか、女性障害者である個人○×さんの強い思いなのか。

前者であると、現在の福祉法制下で誰もが100%満足する対応は難しいと思う。男性でも異性介助NGの人はいるし同性介助に屈辱感を覚える人もいる。

また社会は今後LGBT問題への配慮も要求してくるはずで、所謂LGBT法案の行方が注視される。というか介護側がLGBTの場合はどうなるんだろうね。

性的指向又は性自認を理由とする差別の解消等の推進に関する法律案

第一条
この法律は、全ての国民が、その性的指向又は性自認にかかわらず、等しく基本的人権を享有するかけがえのない個人として尊重されるものであるとの理念にのっとり、性的指向又は性自認を理由とする差別の解消等の推進に関する基本的な事項、行政機関等及び事業者における性的指向又は性自認を理由とする差別の解消等のための措置等を定めることにより、性的指向又は性自認を理由とする差別の解消等を推進し、もって全ての国民が、相互に人格と個性を尊重し合いながら共生する豊かで活力ある社会の実現に資することを目的とする。

第二条
この法律において、次の各号に掲げる用語の意義は、それぞれ当該各号に定めるところによる。

一 性的指向
恋愛感情又は性的感情の対象となる性別についての指向をいう。

二 性自認
自己の性別についての認識をいう。

三 社会的障壁
日常生活又は社会生活を営む上で障壁となるような社会における事物、制度、慣行、観念その他一切のものをいう。

出典:衆議院ウェブサイト

自由と放縦、幸福と欲望

ユングの言葉に次のようなものがあるらしい。アグリーです。
人間の欲求や人間が必要とするものはさまざまだ。ある人にとっての救済は、ある人にとっては監獄である。正常性や適応に関しても同じことが言える。現代の心理に、普遍妥当の処方や規範などというものは絶望的なまでに存在しない。存在するのは多種多様な要求を持つ個々の事例だけである。
介護報酬(=単位数×単価)の公定される現行制度では個の尊厳への十全対応は困難だと思う。

介護保険料増額また自立支援給付拡充目的増税によって介護報酬を大幅に引き上げ(所得倍増かつ)介護職員大量雇用を可能にするか、利用者個人が混合介護に変更して保険外雇用(100%負担)で私的ヘルパーを随時調達すれば容易にクリアできるけど。

これなら好きなヘルパーを自由に指名すればよいのだし、ヘルパー側も国の安い算定基準に縛られず自由に料金を設定できる。まさにWin-Win。

https://www.crowdcare.jp/
https://ichirou.co.jp/

実際こういった介護保険外サービスを提供する事業者も存在しています。料金設定を高いと感じるか安いと感じるか、それは見る人の価値観次第。

(訪問介護の特殊性を考慮すると、とても良心的な料金設定にみえます。)

介護業界の困窮は、第一に介護報酬が法で規整され需要>供給(超過需要)であっても市場原理(価格メカニズム)に蓋をされるからである。

第二は(第一理由を補強する)業界を覆う慈善事業意識か‥介護職の生活向上のためにも介護保険外サービスを提供する事業者ならび登録介護ヘルパーの皆様には頑張って貰いたいです。
あとは介護の定義変更(尊厳偏重→現実も大切)が挙げられる。

これは利用者目線じゃなく支え手(介護者/納税者)を含めたバランス視点で介護保険料や社会保障支出を抑える有効な手段だが、リソースの限界を無視した非現実的な観念論ばかり宣う学者や行政等が立ちはだかるため困難だろう。

わかりやすく言うと、上述した虐待類型の一つ「本人の意思に反して異性介助を繰り返し行うことは心理的虐待。」について夜勤一名体制の施設でこれを適用すると夜間帯が機能不全に陥りかねないから実務上は事前説明と同意を頂くはず。

なので虐待を回避、また他の施設利用者を守るためにも異性絶対NG利用者は入居をお断りする他ない。

これで異性絶対NG利用者にもサービスを受ける権利があると言われると、もう介護保険料増額&介護員を強制徴用して男女ペアの2名配置を法定する他なくなる。

収穫逓増を作り難い(永続的マンパワー依存)職種で質の良いサービスを安価に求められても現場は物理的に対応できない。増員必須。

これは経済の真理です。


ついでに言うと(いわゆる)移民介護も嫌なんでしょ?私個人としては移民賛成ですけどね。英語の公用語化も賛成です。ただ外国人も同じ人間なので、日本人労働者でさえ積極的に避ける介護へ従事して貰えるかわかりませんが。

社会の欺瞞をあらしむ宗教

いずれにせよ福祉は早晩破綻するのだろうが、それでよいと思う。天賦人権説の誤謬に気付くため必要なフェーズなのだろう。

人権だ尊厳だ権利だ差別だと言挙げすれば御利益は勝手に顕現するもの。

こんな身勝手な宗教を維持するため他の誰かを人柱然と酷使しつづける無自覚な現実、破綻しないほうが不条理です。

そもそも憲法は天賦人権説の論理的誤謬(不完全性)を受け入れてる。だからこそ国民は97条で人権を人工物と認め12条の不断の努力という表現を鏡面に自分自身を見返す過程を態態しく憲法内部に埋めたのでは。

念仏唱えれば勝手に自走します‥だと宗教だよ。

まあ実際、天賦人権説はその根拠(自然の理という概念)を道教/儒教から援用してるわけで、宗教なのだけれど。西洋だと神の存在と切り離し難いし、理の自明性を宗教と紐付けたらそりゃいつかどん詰まる。

人権って損得の外側に価値を基底付けられない我利我利がりがり社会で維持できる安い思想じゃないから損得至上の日本で貫き通すのはもう無理だと思う。それが物凄くわかりやすい姿形で福祉に現象してるだけであって。

家族との絆や古い価値観を粗末に人生を描いてしまった者の老後は男女共に糞尿まみれの孤独な放置死である未来がほぼ確定してる。

それが嫌ならば自費でヘルパーを雇う他ない。国の責任を問うたところで現代日本の価値観(損得至上の自由社会)ではこれ以外帰結しようがない。

その証拠に政治家/官僚/学者/専門家/ジャーナリスト等で甘い理念を宣う人達は文字通りの意味で「自分の手を絶対に汚さない」でしょ。

たとえば大学教員が高齢者の排泄処理ボランティアで糞尿まみれになるのは駄目なんだろうか。博士がヘルパーを手伝ったら問題でもあるのか。次の記事は社会の構造を考えさせられる。

記事タイトル
世界で続出する介護崩壊、問われる大企業の社会的役割

引用元:日経ビジネス
2020.4.28
たとえば厚労官僚‥つまり公務員を介護“現場”へ直接投入すれば人手不足は大分改善すると思うがテクノクラートの誇りが絶対にそれを許さないだろう。「我々の仕事は現場で汗をかく事ではない。」そう思ってるでしょ。

いくら綺麗な旗を振っても火は消えないのだけれど、福祉に限った話でもなく彼らの綺麗な理念の担い手(損引き)は必ず他の誰かだ。己の手を汚さぬ。

介護予防·日常生活支援総合事業などは甘い理念を社会に実体化させてしまった悲劇の典型。次の発想も学者の頭の中では会心の施策なんだろう‥

記事タイトル
介護助手、制度上の位置付けや評価を検討 厚労省 意見書に明記 次の報酬改定の論点に

引用元:介護ニュースJoint
2022年12月6日
ただ彼らが失念している盲点が一つあった。(損得至上の)自由社会では、だれも他人へ損を強制できないという点である。じゃあ、期待してれば誰か汚れ作業ボランティアしてくれる?
介護保険の軽度者向けの家事などの生活援助を、ヘルパーに代わり地域ボランティアが担う市町村事業がほとんど稼働していない。

引用元:中国新聞(2023/1/12)
介護保険「互助」に限界 軽度者向けボランティア稼働せず 広島県内
命と尊厳が大事です。
人権を守ります。←誰が?
平成28年9月26日
安倍内閣総理大臣所信表明演説

介護の仕事は、本当にやりがいがある。そのことを国民の皆さんに正しく理解してもらいたい。

引用元:自由民主党HP
https://www.jimin.jp/news/policy/133177.html
介護業務に従事した経験のない者がいう「やりがい」は疑わしい。「やりがい」とは経験によって得られる個別の意識体験クオリアなので、誘導っぽくみえる。「困難なミッションだが火急ゆえ身分保障するから力を貸してほしい。」とは絶対に言わない。なるほど介護が誰でも出来る仕事ならば身分保障は不要だし「やりがい」連呼で足りる。
広がる賃上げ、介護業界は置き去り…事業者団体「人材が流出している」対策を要望

11団体は独自の調査結果を公表。今年の春闘の賃上げ率が3.69%だったのに対し、介護職員の賃上げ率は1.42%にとどまると指摘した。また、昨年度に介護現場を離れて他産業へ行った人が前年度比で約30%増えた、とも報告した。

引用元:介護ニュースJoint

官曰く‥点睛即飛去

いくら制度を作っても、綺麗な理念を吹き込んでも、介護“現場”なんて誰もやらないよ。貴方様が介護“現場”を避けるのと同じです。貴方様が自分の手を汚さぬのと同じです。他の誰かも自分の手を汚す気は更々ないよ。誰もが好きな事して自由に生きてゆきたい。

誰もが社会的に評価されたい。
誰もが良い生活を送りたい。
誰もが負け組は嫌だ。
誰もが貧乏は嫌だ。

福祉関係であっても社会的なスポット浴びる立ち位置って大概介護“現場”からは遠い職域です。(要はブルーカラーでない)NPOなどのソーシャル活動であったり福祉起業家であったり。(とくに介護業界は現場に入るよりもマネジメントサイドが圧倒的にお得です。見栄も収入もよい。)

日の当たらぬ場所に人はこず。
自己犠牲マインドの人しか残らん。
もはや道理でしかない。

国や学者は介護を「やりがいの感じる価値ある仕事」として処遇したいようだが国家資格である介護福祉士でさえ国や学者の認識はケアマネ(公的資格)の下位、根拠法を同じくする社会福祉士と比較してさえ下位、医療に至っては介護なんて准看(県知事免許)のお手伝いさん枠でしょう。

なるほど看護師の職務は「療養上の世話又は診療の補助(保健師助産師看護師法第五条)」である。

つまり介護は「療養上の世話」以下の位置づけ。これが実態。

挙げ句、キャリアアップを餌に認定介護福祉士なる面妖な(中身のない)民間資格を介護福祉士の上位存在の如き触れ込みで作り出してしまう。

介護福祉士の地位を相対的に押し下げてどうすんの?ほんと官民総出で介護職を喰い物にする業界。

いい加減に気付きましょうよ。

ガチガチに固定化された医療/福祉ヒエラルキー最下層の内側に介護職を閉じ込めておきながら「やりがいを感じる価値ある仕事‥とか、キャリアアップで認定介護福祉士取得‥」などと無邪気に観念操作してる滑稽さに。

大切なのそこじゃないだろう。

介護職の位置、本音と建前

国家行政が介護福祉士を専門職として(言葉に虚飾なく)本心で認めているならば、専門士業に相応しい内実を資格に与えているはず。だが現実は准看以下の称号扱い。必置規定すらない。

それは実態が①(国は「介護の専門性」と抽象的におだてるけれど)介護には独占業務化可能な具体的専門領域が存在してない②医療を上位とする職業差別の表れ何れかだからでしょう。

次の引用はとても示唆的です。

民間:介護は専門的なケアである。
官僚:専門性とは何なのか?

厚労省との意見交換の中では、「要支援者、および要介護者に提供される訪問介護、通所介護は、高齢者の生活を支える専門的なケアである」という私たちの主張に対し、厚労省の担当者からは「専門性とは何なのか、可視化して示すべき」と反論とも助言とも取れるお答えがありました。

引用元サイト:青木マキ
介護保険制度改悪に待った!
2022年12月9日
いずれにせよ巧言で人を惑わし欺く国の曲行に反発こそすれ誘引作用が宿るわけないし、情報化社会の現代で若者は欺けないと思いますよ。一方で従事者を介護の専門職などとおだて持ち上げ、裏では介護の専門性を示せと。なるほど賃金構造基本統計調査職種コードによると介護職は【専門職B】でなく【サービス業E】に分類されてますね。わかりやすい。

Q :日本社会へ質問です

低収入(貧乏)は本人の努力不足が原因なんでしょ?

そうすると、介護労働者が高収入を求めるならば、低賃金の労働“現場”からは直ちに脱出せよ、職業変えろ、で考えあってますよね?



業界別【40歳】平均年収
出典:会社四季報
(業界地図2023年版)



貧乏臭い空気を纏う低所得者になると、裕福層から噴飯ものの非人評価を受けかねない。なるほど株本祐己氏のいうとおり、稼ぐことから逃げるな、でしょ?(株本祐己著【稼ぐことから逃げるな】より)子を持つ親は「介護職には就くな。」そう子供へ教育すべきなんですよ。

なにより(福祉団体との訴訟で名を馳せた)暇空茜氏@himasoraakaneや医療ジャーナリスト那須優子氏@nasuyukoの介護観は皆様にとっても本音でしょ?

空白雑記アーカイブ
https://archive.is/wyrcM

https://twitter.com/nasuyuko/status/1698137026766496079


願わくば(いわゆる)底辺労働者の地位は御免被りたい。誰もにそう思わせる階層社会パラダイムの中から自ら進んで「劣位を目指す者や留まる者」が出るわけなかろう。これは介護分野に限った話でもない。日本は職業選択の自由を憲法で保障されてるのだから。

https://web.archive.org/web/20210817062452/https://reashu.com/teihensyoku/

就活の教科書「底辺の仕事ランキング一覧」掲載ページキャプチャ、現在は削除済み。
命と尊厳が大事です。
人権を守ります。←誰が?

物流や建築土木も人手不足らしいですけど、これらの担い手なくして一体どうやって社会を維持するのでしょうか。果たして社会なきところに人権は存在するのでしょうか。人権人権と念仏唱えれば、自分達が避ける仕事に進んで従事する特異者が都合よく忽然と現れるのでしょうか。ほんと宗教。

燦然と輝く社会正義ストローで公金チューチューする社会活動家のNPO助成金スキーマのほうが確実に儲かりますよ実際。


https://twitter.com/fujitatakanori/status/1092332696963960833?s=20より引用

著名なソーシャルワーカーもこう言ってますし。NHK職員を志して社会正義に貢献するのもおすすめ。

記事タイトル
カネ持ちNHK、1人あたり人件費は1550万円以上

引用元
新宿会計士の政治経済評論

社会的包摂という巧言の先

2025年問題‥
2035年問題‥
2040年問題‥

彼らエリート‥いや多くの日本人が夢見た理想世界、自由人権社会の実相(事象の奥にある真実の相)が、もうじき日本に出現する。

‥なんだか婉曲的な言い回しですね。

日本人が望んだ(資本主義)自由社会の結末が、遂に目の前に現れる。ただそれだけ。自分達で自由に価値を取捨選択して創り上げた世界の帰結なのだから不満なんてあるはずない。

ところで皆様なら、他人の糞尿処理を自分の人生設計犠牲にしてまで低価格帯で請負いますか?

では、皆様がヘルパーを雇う場合、糞尿処理に一回3000円を要求されたら法外と感じますか?

排泄が1日に3回程度なら1ヶ月あたり27万円。5回なら45万円。

入浴介助は危険負担を考慮すると(移動/移乗/更衣含め)45分10万円あたりか。食事介助も誤嚥(死亡)リスクあるので一食最低1万円‥頂いても割に合わないかも。

私はこれ本心で安い(安すぎる)と思いますが、「誰でも出来る簡単作業にその価格は法外。」そう感じる人は遠慮せず家族を頼ればよいと思う。

堀江氏の言葉が炙り出す真実

https://twitter.com/takapon_jp/status/765021864771018752


堀江貴文氏の認識同様、介護福祉士が「誰でも出来る仕事」ならば他人に依頼する必要はないはず。家族も介護を拒む道理がない。嫌がる理由もない。

なにより堀江氏の認識が正しいならば介護保険法を制定する根拠となる社会的事実たる【立法事実】に疑義が生じる。だってそれなら介護保険の必要ないからね。

堤修三氏(制度創設時の老健局長)をして「ここまで制度の原則を失いつつある介護保険は国家的詐欺となりつつある。」と批判せしめる介護保険制度。もうこんな統制経済やめて(完全自由化して)介護の真価は市場に委ねるべきです。

日本は社会主義でなく又介護は慈善活動でない以上、介護職は商原則に則った要求(至価格均衡)をクライアントに突き付けてよいはず。介護は超過需要の売り手市場(需要>供給)なのだし既存の語り部達が説く野放図な介護パラダイム(慈善活動)を自己犠牲してまで維持する義務など本来介護職に存在しない点、指摘しておきます。

介護保険法でプライスゾーン指定(価格メカニズム封印)して安い商売しかできないよう業界規制しておきながらサービス品質を要求するとかそんな理不尽制度(家族の介護義務免責のための)スケープゴートに介護職が身を捧げる必要なんてないよ。

介護保険料が健康保険料並に引き上げられ医療職並に労働者へ還元される制度論の中でサービス品質を要求されるならば理解できますが。

https://twitter.com/tabbata/status/1049714795782393856


この田端藤田論争からもわかるように、介護保険事業スキームを用いた現行の介護“福祉”提供モデルから一般的商行為(利益追求型)としての純サービス提供モデルへ(介護提供主体としての)各事業者はマインドセットし直すべきだろう。介護保険外サービス。

税金をアテにしても仕方ない。
介護は専ら「贅沢品」なのだから。

念のため補記

この記事中「いわゆる人権」を不要視する箇所はありません。

人間は天使でも獣でもない。だが不幸なことに、天使のまねをしようとして獣になる。

これは哲学者パスカルの言葉だそうですが、この記事は人権を大切に思うがゆえ、他人を顧みない野放図な人権主張が齎す社会(の基礎たる個人)の限界を天賦人権説へのアンチテーゼで表現しました。

なので介護業界は(2025年65歳以上人口3657万人)市場メカニズムで動けのくだりはほぼ本心です。

介護は砂漠の水‥

権利の上に眠るものは保護に値せず、という。介護職にも人権は当然あるのだから介護職は理不尽へもっと怒ってよいと思うが現場を離脱するほうが合理的か‥

結語:価値観闘争の末路

財産や労力を介護(高齢者)に奪われたくないと(福祉の享受を)権利主張するが保険料増額は嫌。自分達高齢者の人権や尊厳を価値ファーストに据えながら自己負担増は嫌。資本主義の価値を称揚する一方で介護員不足(資本主義の帰結)を介護保険制度(介護義務免責制度)の機能不全と憂う。それでいて外国人介護人材を拒み成田案も論外と。

結局、日本人(官民)はこの問題をどうしたいのだろう。現状は綺麗事で糊塗して見て見ぬふりなんだろうけれども、いざその時になって介護業界へ不満をぶつけるのだけはやめてほしい。

なんで介護保険徴収されてるのにヘルパー呼べないんだ?とか、なんで施設入所できないんだ?とか。(いわゆる「保険あれど介護なし」の保険詐欺状態。)

たとえ己の未来がウンコ塗れの孤独な放置死であったとしても、資本主義自由社会なんだから仕方ないじゃんね。

介護現場なんて誰もやりませんよ。ケアワーカーの価値を認められない、認めてこなかった我々の社会では。国連の広報センターも次のように広報してます。

https://twitter.com/UNIC_Tokyo/status/1632338217889587200

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