前回記事で無の推定は法学の刑事原則以前にまず自然の道理だろうと書いた。無罪推定という語は法学用語でも、概念それ自体は法学固有じゃないからだ。
【有】を主張していても実証できない(頭の中でだけ通用する)理論を【有】と扱っちゃだめ。
検証不能な仮説は検証不能な仮説として扱わなきゃだめ。
あれ科学の領分で検証可能性がなく意味の領分でも反証可能性を認めないトンデモ世界だよ。
なぜか性にまつわる話になった途端、非科学を嫌う従来の知的営みは“信じる”という非科学へ先祖返り。
記事タイトルこのように、そもそも証言証拠を【信じて断罪する】という反知性の営み自体が間違ってるんだけど、今回はその話じゃなく、ああした発想、近現代の国民のありかたとして疑問なので前回記事(松本文春騒動から考える【裁判を受ける権利(人権保障)】を飛び越えた人民裁判の恐怖)に追記。
性的被害を受けたというウソの証言で約6年も身柄拘束_人が人を裁く刑事裁判の怖さ
引用:Yahoo!ニュース(アーカイブ)
2019/1/8(火)7:30
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なんか左派とかリベラルって国家や社会を国民とべつの存在として観念してないすかね。国民から独立した自律的存在として。
でも実態は、国家社会を構成するのは国民自身なんすよね。たとえば行政機関を例にとると、執行機関(警察官とか)は国民自身だ。
たとえば国民を外敵から守る責任を国家に求めるのは正しいが、じゃあその国家ってどこに実在するんだと。現実に存在するのは国民じゃないすか。実在するのは国民(という国籍者の集合)だけだ。
国民自身が自衛隊をつくり国民自身が命を削り国民を守ってる。
国家が守ってるわけじゃない。
無罪推定の話に戻ると無罪推定は刑事原則の話なので刑事罰の体裁を形式上回避すれば刑事作用は生じえず、したがって社会的糾弾ならば🆗と。国民は国家の仮面で断罪しない限り社会の仮面を被った国民的制裁ならば🆗と。
国家も日本社会も同じ国民がつくってるんだから同じ社会で生きる以上は実質的断罪へ作用する。
これ刑事手続を省くことで直裁に手軽に永続的な糾弾と制裁を可能にする刑事罰より恐ろしい制裁方法だが、そうしたヤバい作用をわかってるから文春信者の皆さん彼を犯罪者扱いしてるのでは?
そうした(刑事罰より恐ろしい)野蛮な制裁方法を社会から排除したいからこそ、日本人は刑訴法概念を採用した国造りしてるのに。
追記:信者の信者たる所以
私は上でこう書いた。『なぜか性にまつわる話になった途端、非科学を嫌う従来の知的営みは信じるという非科学へ...』
前言撤回する。
https://x.com/alwaysnemumich/status/1860335564421247206 より引用
性にまつわる話‥
だけじゃなかった。
女性が加害側に置かれる話でも倒錯する。事実と無関係に御自分の【信じる】モノ、コトがすべてな態度。こんなものに6.8万いいね♥つくんだよツイッター。
解釈が事実より先にあり
解釈が事実をつくりだす
こんなのが世論の一部をつくり司法に影響を与えるとしたら。
記事タイトル裁判官の中にも信者スタイルの人がいるのでしょう。
性的被害を受けたというウソの証言で約6年も身柄拘束_人が人を裁く刑事裁判の怖さ
引用:Yahoo!ニュース(アーカイブ)
2019/1/8(火)7:30
悪者がいなきゃ駄目ですか
上の保護責任者遺棄致死のやつ、どの角度なら非難できるか悪者探しに腐心するいつものツイッタ民仕草が心底キモい。あの事件報道から読み取れる情報は少ないけど自分の感想を書いておく。①女性を責めたくない。
障害児を育てることの大変さ困難さを思うとき、当初の志を貫けなかったことに憐憫しかない。
②障害児は気の毒である。
③男性も責められない。
記事情報から男性側の事情は読み取れない。
④社会を責めても無意味。
記事タイトルこれは障害者福祉全般にいえることだが、日本は福祉リソース足りない環境なのに福祉リソース支える気が国民にない(誰も損を引き受けたくない)んだから制度不備を問題にしても仕方ない。制度を機能させようがないんだよ。
「子供にも差別心を植え付ける」障害者グループホーム反対運動が多発している…
引用:現代ビジネス
2024.02.29
高齢者福祉のケースだと訪問介護の有効求人倍率は14.14倍。
当事者(ご家族や直接支援者)が言うならまだしも、福祉資源を支える気のない社会(構成員)が福祉資源を支える気のない社会(構成員)を非難するって支離滅裂です。
なお直接支援者ってソーシャルワーカーのことじゃないです。
2024/11/22/103409投稿