24-BLOG

雑文集

差別語を差別語たらしむもの

副題:言葉殺しの人文学者

これツイッター学者の見解なんだけど、どうやら「新興宗教」という呼称は侮蔑表現に当たるらしい。‥が、この手の考えかたに私は与していない。

私は語句選択の適否を①言葉の語源②名辞の内容③使用様態の集積が作る来歴から主に判断してるから。

新興の意味は「新しく興る。」であり語源としても意味内容としても侮蔑を含意していない。たとえば、教義の正統から離れる教えを敷教する新興宗派へ、正統と区別すべく(排除されるべきとして)異端を言葉に含意させ使用継続する者がいた場合、そうした行い、用語法をとる者や固着させる側が問題なんでは。

例を出そう。日本という名称には幾つかの異称がある。

秋津島や扶桑がそうだ。

【扶桑】
〔中国の古い伝説で、東海の、日の出る所にあるという神木。また、その土地の意〕東海の日の出る所。特に、日本の称。

引用元:新明解国語辞典
下有湯谷 湯谷上有扶桑
十日所浴 在黑齒北
居水中 有大木
九日居下枝 一日居上枝

『山海経』
海経第4巻 第9 海外東經

引用元:Wikipediaより孫引き
中国にも幾つかの異称がある。
【支那】
〔秦 (シン) の変化と言われ、もと、中国の仏教書で、自国を呼んだ語〕

中国。

〔江戸時代の中ごろから第二次世界大戦終結時までの日本における呼称。侮蔑 (ブベツ) を含意するとして一般に使用を避ける傾向がある〕

引用元:新明解国語辞典
【支那】
中国の呼称。昔、インドなどが中国を呼んだ名称を、仏典を漢訳するときに中国で音訳したもの。秦がその語源といわれる。

【那】第一義
①おおい
②美しい

【支】解字
竹や木の枝を手にする形にかたどり、ささえる・枝を払う・わけるの意味を表す。支を音符に含む形声文字は、枝分かれするの意味を共有し、忮(シ)・肢・枝・翅(シ)・豉(シ)・岐などがある。

引用元:新漢語林
私は支那を憚りなく使うし、仮に秋津島や扶桑という言葉が異国の地で日本人を蔑む目的で使用される例があったとしても、私は使用を躊躇しない。

それはそのように言葉を扱う者の邪心の問題であって(邪心へ結果与する形で)支那や秋津島や扶桑は侮蔑的な言葉です、これらは差別用語に当たりますから使用してはいけません‥と規範づけるほうが寧ろ言葉の尊厳や使用者の尊厳を侮辱すると思う。

やるべきは言葉を本来の位置へ回復させることであって狩ることじゃないだろ。

一昔前だと「あんま(按摩)さん」を差別用語扱い、放送禁止用語扱いしてた時代あったよね。今はどうだか知らないが、寧ろこちらのほうが差別だし失礼だと思うな。語句の意味成分に侮蔑が直で混る言葉を窘める場合は理解できるけど。

日本鬼子とか。

①言葉の語源
②名辞の内容
③使用様態の集積が作る来歴

私は語句選択の適否を主にこれらから判断してるから。

ところで冒頭触れた学者曰く、「新興宗教」という言葉が憚られることなく飛び交う現状を「教育の敗北」と評価してたけど、その考えかたにヒューマニティの敗北を感じてしまう。

言葉を再生しよう、繋ごう、そう考える学者はいないのか。

***

追記
「○○して“あげる”」語法を相手を見下す表現だとして忌避する風潮が一部にあるけれど、デタラメですね。見下すなら謙譲表現にならない。

【あ・げる】

3️⃣〔「動詞連用形+—」の形で、接尾語的に〕
②相手への動作をへりくだって言うのに用いる語。
「願いあげます・ 申し—」

4️⃣(補動・ 下一型)
「やる」 の△謙譲 (丁寧) 語。
「教えて—・ 持って—・ さがして—」

出典:新明解国語辞典

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