「ウクライナを応援して日本に何かよいことあるのか?」
ネットあるあるの上疑問へ丁寧に答える軍事ライター。
上の文章、戦後日本でわりと広く支持される見かたなんでは。
もういっそのこと、ウクライナ人に対する「損得度外視の人道視点」がすべてです、と嘯かれたほうが好感もてるかも。
国際秩序論を軸として立論する世間の傾向に、なんだか二枚舌感を覚えてしまうから。
(ロシアの件に限らず)既に国際秩序は破られているし、破る国、「米国+ヨーロッパ中心の欧州普遍主義」へ挑戦する国、インドのように立ち位置を調整する国、様々なグラデーションが存在する現実。秩序を広義で捉えるならイラク戦争だって秩序破壊の侵略だが壊されたままじゃん。日本政府やイラク戦争を支持した者達は謝罪したの?
(民主主義による侵略のほうがタチ悪いよね。)
もちろん秩序を最狭義(米国+ヨーロッパ中心の欧州普遍主義)で捉えるならセーフだが。
現実は昔から何一つ変わってないでしょ。不変的に。
9条日本のままなら日本人を守れないという認識は現実の戦後史と整合してないし(いわゆる日米安保条約に日本防衛の義務は書かれてない。)ウクライナ国を助ける理由づけとして弱い。
残念ながら、9条の内実は軍事大国化を許容する方向に有権(行政)解釈されてる。軍事大国の定義にもよるが、防衛費GDP比2%増額や敵地攻撃、核武装容認論などはそう。特に防衛費GDP比2%は世界第三位となるわけで。
※政府答弁で明らかなように、そも我が国は自衛戦争のできる国です。
ただ、防衛現場を支える本物の(つまり評論家でない)プロ軍事集団が現下の状況について、たとえば防衛費GDP比2%増額しなければ日本人を守れない、と判断したならば、政治的には現下の国際環境を改めるか、つまり中露と融和するか、西側路線が絶対の国策なら敵対は不可避だから改憲するか9条運用で無理くり凌ぐか‥くらいしかないような。融和は嫌だ、改憲も嫌だ、9条下で必要最小限を超えて軍事化するのも違憲だからダメだ、は個々の論点なら正しくてもマクロでは成り立たない。
現実の話、日中間の政治4文書を遵守した上で、それでも領海・領空侵犯があるなら個別的自衛権として撃沈撃墜する。これは9条でできるはずだしその能力が自衛隊にはある。加えて9条下であっても敵地攻撃を「可」と政府は有権解釈してるはずだし私個人は反対だが核武装も政府の有権解釈上は可能(言葉の意味は人の解釈から独立して存在できない。)なはずで、このような状況、つまり「米国+ヨーロッパ中心の欧州普遍主義に包摂される日本」から離脱する日本の未来を現実から排除したい政治文脈の中にしか上評論家的な認識は見い出せない気がする。
ウクライナ人援護の純粋視点なら人道論で終わる話だし、実益の観点を挿し込むと相対的にならざるをえないから、ようは特定政治思想の犠牲になれって他人に強いる話なんだよな、これ。
たとえば下の引用に腹を立てる人はそっち系思考では。
基地問題の「差別的」現状、解決を訴え:沖縄知事が復帰50年で新たな「建議書」
引用元:沖縄タイムス
2022年5月8日 09:48配信
是非以前に自明な事として排除される論点の存在に思うところがある今日この頃。離脱はともかく微修正くらい必要じゃないかと思うけど、過去ここへ手を付けようとした政治家の末路を見るにやはり無理筋か。よりコミットメントの方向だし。
しかし政府解釈を見てると9条でできない事って戦前的「イケイケドンドン」くらいじゃないかとさえ思えてくる。日本の民主的な政治体制や比較的自由人権の維持された社会は改憲しない限り容易に変更されないわけだし・・もはやこれで、、