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落陽に咲くなごり花

石原慎太郎氏の訃報。

氏は、毀誉褒貶という言葉のもっとも似合う人であったように思う。政治家に擬態した独我の表現者であったから。

ちなみに私は氏を保守思想家と感じた事がない。

ただの一度も。
そして好きな人物でもない。

良くも悪くも己の正義感と己の経験のみ指標とする戦後リベラリストであった。

このリベラリズムの石原慎太郎的なるものと私的なるものの間にある断線を繋ぐ接着剤と言えるものを一つ見つけるとするならば、それは第一回(救う会主催)国民集会にゲスト登壇したさいの氏の言葉、拉致被害者を「戦争してでも取り戻す」と力強く援護してみせた氏の魂鎮。

政治家としてはついぞ好きになれなかったが、あの言葉は見事だったと思う。政治家に擬態した独我の表現者であったからこそ可能な儀式だったのだろう。

私はブルーリボンバッチを胸に付けているような御為ごかし政治家に辟易する。

剥き出しの粗野によってしか救ってやれぬ尊厳だってある。

ところで真偽不明のニュース記事だが、「葬式不要、戒名不要。我が骨は必ず海に散らせ」と遺言状にあったそう。

ふむ。実に仏教徒らしい最後
そして石原慎太郎らしい最後

弔いは他人の行いだけれども
死は他人のものじゃないよな

故石原慎太郎さん海へ散骨
「愛した湘南に」と遺言


引用元:産経新聞
2022/4/17 21:03配信

2022.05.03 引用部追記 合掌

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