24-BLOG

マBOYの六畳間

週刊誌に引き裂かれる無辜の市民性と一方の防御権を制約するアンフェア国家

副題:強化されるばかりの一方的に間違った認識

❌被害者<被疑者
⭕被疑者<国家+社会制裁+被害申告者

これ力の強弱が逆転して見える人もいるんだよな‥

ニュースで知ったのだが、ジャーナリスト志葉玲さんの物言い(以下上段)が物議を醸しているようだ。

所詮、玉蹴り遊びだろ?女性の尊厳の方が大切じゃん。まあ、事実か否かは、慎重に確認していく必要があるが。

https://archive.is/DwK8i
アーカイブより引用

「疑わしきは罰せず」は、刑法での原則であり、民間組織としての対応とは異なるかと。少なくとも事実が確認できるまでは、代表から外れるのは妥当でしょう

https://archive.is/X9V8S
アーカイブより引用

上段についていうと、女性の尊厳と相手の職業を並べて比較するのは間違いです。一方が他方を互いに訴えている以上、対立するのは双方の尊厳である。またああした文脈で一つの職業を(公然と)軽侮的に揶揄する言動は不適切だと思います。それができるのは無自覚に一方の主張を引き立てているからです。そうでなければ職業差別になってしまう。

ただそれよりも気になる点が後段。

『「疑わしきは罰せず」は刑法の原則であり××説』

これわりと目にするんだが、こうした規範の法源は何かと考えると憲法31条に行き着くはず。そして大多数の日本国民は現行憲法を欽定憲法でなく民定憲法と認識してるはず。(ちなにみ私の認識は天皇陛下の欽定。)そうすると、憲法は名宛人権力者へ向けた日本人自身が求め願う国造りルールと言えるから、一方で憲法31条の社会像を求め願い、同時にこれと反する社会像を他者に課すってどうなの?と思う。

日本国憲法第三十一条
何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない
無論、私人間作用と司法・行政作用は質も量も同一じゃない。いわゆる社会的制裁を例にすると物理的に社会から隔離されるわけじゃないし、強制的に役務を課せられるわけでもない。つまり憲法31条がいう刑罰にあたらない。けれどもそれは憲法31条がいう刑罰にあたらないだけで、【社会から居場所をなくし仕事まで失わせてしまう】社会的制裁の効果については軽く考えてよい問題じゃないと思うのだが。

なので志葉玲さんのように公然と【妥当】を言い切られると、よくわかるよなそんなの‥と少々むず痒い。

たとえば皆さん(男女)が誰から告訴された。私は潔白だから戦う。そう決断しても、【嫌疑をかけられた時点で自分の顔と名が全国に流布され仕事を失う】までがテンプレートな社会でよいのだろうか。なぜ無罪が推定されてるはずの社会で一方的に不利益を被らないといけないのか。無罪推定は刑法原則であって民間規律じゃないから問題ないと?

無罪を推定される者の身分は
【無辜の市民】ではないのか?

せっかく刑事手続き上は無罪を推定されても実社会生活で無辜の市民として扱われない、社会の側が無辜の市民性を剥奪してくるなら本末転倒じゃないかそれ。

ところで不同意わいせつ罪や不同意性交等罪は非親告罪ですから被害者の告訴がなくても検察官は起訴できるんですよね?

だとすると告訴権者以外の第三者も犯罪と思料する事実を告発状にかえて捜査機関へ申告できるんですよね‥だとすると‥

無罪を推定されても嫌疑をかけられた者はその段階で【無辜の市民カテゴリー】から脱落する。こうした冷酷な考えかたを採用する個人や企業はたくさん存在すると思う。この先そうした方向をより求める社会へ先鋭化するのか、(他人の法廷闘争に興味はないが)フェアネスの枠組みがどうなるのか、その顛末は見届けたい。

被害申告者=被害者】扱いに見られる中世後期〜近世の感情論的魔女裁判、集団リンチ、社会的制裁を自制できない日本社会と不同意◯◯罪は相性悪いと思うけどね。

これ【】は一方的に間違った認識の枠組みだが近時の事例をみる限り週刊誌も有名人もネットメディアもテレビもスポンサー企業も認識改める気配ないじゃん。(※冷静で賢なる人も大勢いますけど。)

まあ法に触れないし、むしろ正義だろくらいに考えてそうだけど、こうしたマインドに対する嫌疑側のカウンター(防御権とか不利益調整手段とか名誉回復等手段)を用意しないままよくあんな法律通したよな。

インターネットが高度に発達したアテンション・エコノミー社会だと既存の対抗策じゃもう回復しきれないよ。

余談:韓国では‥

「性的暴行を受けた」という虚偽告訴を相次いで見破ったソウル中央地検の女性検事

丁検事は「性的暴力事件は虚偽告訴が多いが、虚偽が疑われるという事情だけでは立件し捜査することが困難な部分がある」としながらも、「無念な思いをする人が出ないように、客観的な証拠に基づき徹底的に捜査する」と話した。

引用元:朝鮮日報
2023/03/10 11:35
この手の問題は(いろんな意味で)韓国のほうが進んでると思う。『丁検事は‥「無念な思いをする人が出ないように、客観的な証拠に基づき徹底的に捜査する」と話した。』韓国の検察官と日本の検察官とでは権能違うと思うけども、日本の官憲は客観的証拠に基づかず【被害申告者=被害者/被疑者=加害者】前提で糾問してきそう。

02.08追記:日本の場合‥

逮捕状や起訴状の被害者名を加害者側に秘匿、15日から新制度…被告側の「反証」困難との懸念も

刑事弁護が専門の久保有希子弁護士は「被告が『全く身に覚えがない』と主張した場合、被告と被害者の関係や被害申告の理由を調べる必要があるが、被告が被害者名を把握できないと調査が難しい。その結果として冤罪(えんざい)が生まれる可能性もある」と危惧する。

刑事訴訟法に詳しい辻本典央・近畿大教授も「新制度では弁護人にも被害者名を秘匿するケースが起きうるが、その場合、検察官との間で情報格差が生じ、弁護活動に支障が出かねない。弁護人には原則開示が望ましく、秘匿する場合は検察官が説明責任を果たす必要がある」と話す。

引用元:読売新聞
2024/02/08 05:00

記事アーカイブ
https://archive.is/7wQZp
辻本典央近畿大教授は『「新制度では弁護人にも被害者名を秘匿するケースが起きうる』と解説されてる。流石にこれは余程特殊なケースだろうけど、逮捕勾留の被疑事実から自分を【訴えてきた相手】が誰かわかる状態で可能な反証範囲と不明なまま強いられる反証範囲の差異が(取調べに際して)被疑側の防御へマイナス影響したとてかまわないと。

告訴告発時点で被害申告は自明の真実、嫌疑をかけられ拘束されたら加害者(犯罪者)確定、起訴前(逮捕勾留)の取調べは被害申告の内容と官憲のストーリーを追認させる儀式であり裁判は犯罪者を糾問する見せしめ?

⚫被疑事実【◯◯行為】
時間、空間、対象、態様
いつ、どこで、誰に、どのように
いつ、どこで、誰に、どのように

これだと客体構成として不完全、見に覚えがない場合や事件が過去へ遡るほど情報として支離滅裂で何の話かわからなくなる。客体を正しく認識できたほうが記憶想起や記憶突合(事実確認)が正確になり間違わないのは当然だろう。つまり初手から正しい認識形成(事実確認)を妨害され被疑側は積極的反論が難しくなるってこと。これ抗弁権の制約だろ。

もっとも、見に覚えのある人にとっては影響少ないかもしれないが。

ところでこの制度を無問題の制度と断言する人は【被疑者=加害者】を前提してるんじゃないか。

『これは警察・検察との情報格差を生み被疑被告側へ不利にはたらく要素かもしれないが、マイナス面ばかり過大評価するなよ』という論調ならその通りだと思うけど、無問題はさすがに論外だよ。

だって『マイナス面の過小評価』もよくないし、その認識は「被害申告者は絶対に間違わない、国家権力は絶対に間違わない。」という誤った思考からしか形成されないんでは?

なぜ大前提【個人<国家権力】構造を無視するのか。

告訴告発時点で被害申告は自明の真実、嫌疑をかけられ拘束されたら加害者(犯罪者)確定、起訴前(逮捕勾留)の取調べは被害申告の内容と官憲のストーリーを追認させる儀式であり裁判は犯罪者を糾問する見せしめである。

とか思ってそうだ‥

自分を告訴した相手が誰だか不明なまま【支離滅裂な被疑事実】で逮捕され取調べを受け起訴され裁判を受けるって、直観的には踏み込んだ人権(防御権)制約と感じるが。

日本国憲法第三十七条
すべて刑事事件においては、被告人は、公平な裁判所の迅速な公開裁判を受ける権利を有する。
憲法37条(公平な裁判)がいう【当事者対等原則(武器平等の原則)】を考えると国家対個人の関係なんて不平等・不公平がデフォルト。それでも被疑被告人の防御権を諦めず、少しづつ前進させてきた歴史があるのに‥

しかし皆さん暇さえあれば国家権力(司法・行政・立法)非難をはじめるのに話題が犯罪被害に及んだ途端、国家無謬説に立ち国家作用(最大の人権制約)を無批判に受け入れるよな。まじでなんで?

まあ結局のところ
被害申告者=被害者
被疑者=加害者(犯罪者)

なんだろうな、日本社会では。

【加害者の人権ばかり優遇説】のデタラメをそろそろ真剣に考えてほしいところ。

被害申告者=被害者、被疑者=加害者を誤謬だと理解できないなら正真正銘の大馬鹿者。理解したくないならイデオロギー。

現実優遇はおろか構造上(個人<国家)対等でさえないが、仮に国家が被疑者の権利を最大限守ろうとしたならば、それは当たり前ですよね。なぜなら被疑者=加害者でないし、犯罪者でないからです。

どちらを信じるか、どちらの立場に寄り添うか、そういった個人の心情はまた別の話で制度論には害悪。

日本社会だと【法律論としては】どうであろうと【社会論としては】嫌疑をかけられた段階で終わり。たとえ潔白でも野次馬マスコミや野次馬週刊誌や野次馬ツイッタラーや野次馬ユーチューバーが作るアテンション・エコノミーの倫理悪に企業側も屈伏、自己防衛せざるを得ないから実質的な救済がない。

「事実関係はさておき先ずは謝罪すべし」系の発信をする目ざとい大馬鹿インフルエンサーも少なくない。

【事実関係に先行してすべき謝罪】って概念、本当もう無茶苦茶すぎる。

たとえ潔白でも社会が引き裂きます。
貴方の無辜の市民性を嬉々として。
事実関係はさておき先ず謝罪せよ。
潔白なら堂々と記者会見せよ。

しかしユーチューバーは
本当楽しそうに解説するよな‥

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