24-BLOG

雑文集

礼儀は正義の補助輪

衝撃のニュースですね。たくさんのネット応援団に支えられ、遂にここまできたか‥という感想。

記事タイトル
「協力すると思うなよ、バカか」犯罪撲滅系YouTuber:職務質問の権限を指摘した警察官への“反論動画”が波紋

引用元:女性自身(Yahooニュース)
10/20(金) 6:01 配信

記事アーカイブ
https://archive.is/sYego
これを見ると、正義と礼儀いずれが重要な価値観かについて、私は後者に軍配を上げざるをえない。
礼儀人間関係や社会生活の秩序を維持するため人が守るべき行動様式。

出典:デジタル大辞泉
正義は質/量/向き自律に限界があり節度の要請される概念である。

つまり自己矛盾を内包する単独では危うい取扱注意概念なのだけれど(過去記事冒頭で紹介した引用先と同様↑も女性誌ですが)内容はより先鋭化してます。

たとえば引用記事本文にあたると以下の本人証言を確認できる。

暴行に当たる可能性を指摘されると「それならそれで結構なんで、覚醒剤撲滅できればそれでいいです」と言い切った。

これは【暴行(人の身体に対する不法な有形力の行使)という犯罪事実の発生する可能性を認識しつつ、且つこれを認容する宣言】とも受け取れるのだけど。

このようなSHOWはYouTubeのような大企業が世界に発信する手段を彼らへ提供するから成り立つわけで、自由に発信する手段があり又そうした行動原理で動く以上、個人では防衛しようもない。

もちろん一般人のケースとしてならば可能性を認識できようとも怯むべきじゃない急迫した特殊状況もあるかもしれないが、そうした場面はかなり限定されると思う。

誰かの不確かな情報提供一つから(動画公開含め)あれらを可能ならしめる行動原理をYouTubeが容認する姿勢なんでもう何らかのルール当てはめが必要な時期では。

たとえば現行法だと探偵業法や警備業法にこんなルールがある。

【探偵業法】第六条
探偵業者及び探偵業者の業務に従事する者(以下「探偵業者等」という。)は探偵業務を行うに当たっては、この法律により他の法令において禁止又は制限されている行為を行うことができることとなるものではないことに留意するとともに人の生活の平穏を害する等個人の権利利益を侵害することがないようにしなければならない。

【警備業法】第十五条
警備業者及び警備員は、警備業務を行うに当たつては、この法律により特別に権限を与えられているものでないことに留意するとともに、他人の権利及び自由を侵害し、又は個人若しくは団体の正当な活動に干渉してはならない。

YouTube配信を反復継続して広告収益を得た場合、それはYouTube配信を反復継続して得た収益だから警備業法等の範疇じゃないのだろうが、こうした態様を当初想定してなかっただけでやってる内容は警察権代行っぽいから業法等を援用して監督できんのだろうか。

自警団系→私人逮捕系→犯罪撲滅系と先鋭化してるように見える。

覚醒剤撲滅は警備概念から離れるから無理かもだけど痴漢のやつは二条一号警備でいける気するのでいっそのこと認定警備業者になって鉄道会社と契約結び法律の枠内で活動すればよいんじゃね?

これなら業法上の要請と依頼主の要望に行動範囲が限局されるからある程度バランスするのでは。

いずれにせよ、極度の人権制約を他人へ一方的に強いる活動が野放図にまかり通るのはキツいよな。

草津冤罪事件みたいな狂悖暴戻の言論と悪魔合体する虞すらある。

草津冤罪事件

記事タイトル
草津町を「セカンドレイプの町」と呼んだフェミニストらの横暴を許すな:黒岩信忠(群馬県草津町長)

引用元:産経新聞
2023/4/16 09:00
記事タイトル
草津町長冤罪事件のフェミニスト叩きはひどすぎる

引用元:はてな匿名ダイアリー
https://archive.is/aeSpu
この匿名ダイアリーは一般論としてなら大いに同意できるセンテンスもあるんだが、産経記事からも窺えるように彼ら(◯を✕と呼んだ△′)が草津町にとってきた言行は支援の範疇を逸脱した思想運動であろう。いずれか一方へ立つにしても他方は無実を訴えてるわけで、無罪推定原則を持ち出すまでもなく保つべき第三者としての節度があろう。みなし有罪を措定するからタガが外れるのでは。

とりわけ次の末文「この冤罪事件に乗じてフェミニストを叩きたいという人たちがたくさんいる場所で、あえて謝罪をしない、したがらないというのはあまりに当たり前のことである。」についてはただの居直りであって、何が当たり前なのかサッパリわからん。

節度㊀人に迷惑をかけないように、自分がそうしたいと思う事でも、良識の許す程度に抑制すること。

出典:新明解国語辞典
一般論、冤罪(身に覚えのない濡れ衣)の何が問題って、無罪を推定したところでそれは推定に過ぎないから事実の存在を明らかにして覆せばよいが、みなし有罪を観念する人々は自らの又は当の者らの訴願根拠となる事実や犯意の存否および真否について何ら証明努力する事なくアプリオリに正しいとみなし丶丶丶たうえで虚構の肉付けに奔走する一方、反対事実の証明責任という無茶苦茶な辛苦を被疑者側に転換してしまう点。

これは反対事実(事実不存在)の証明を被疑者側に転換しており個人的には論外と思うけれど、そもそも【みなし概念】が措定されてるため二重に不当で証明も糞もなかろうよ。

仮に(当事者はもちろんのこと)関係者の辛抱強い忍耐によって奇跡的に冤罪を明らかにしたとて失われたものは決して取り戻せない。

有実であっても現行法の枠組みで有罪にならない場合もある。たとえば心神喪失とか。しかし無罪かつ無実であった場合に犯罪者扱いされた被疑者が失った名誉や財産は誰がケアするのか。謝罪や言葉の撤回で済む問題なのか。

存在証明の責任を負う主体は【事実は有る】と主張する側であるべきで【事実は無い】と困窘する側が不存在証明の責任を負うなんて考えられない。

司法が自由“心証”主義を採用してるから活動家は自由“心象”主義になっちゃうのかな‥これ(被害申告者)性善説と結びつくと証明概念と相容れぬモンスターになる。

話を戻すと、悪魔合体の元。

世界人権宣言と無罪推定

世界人権宣言(仮訳文)

第十一条
1犯罪の訴追を受けた者は、すべて、自己の弁護に必要なすべての保障を与えられた公開の裁判において法律に従って有罪の立証があるまでは、無罪と推定される権利を有する。

引用元:外務省
https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/udhr/1b_001.html
なお件の町長は起訴すらされてませんから念のため。

補記:吉峯弁護士作成資料

草津事件が時系列で概要化されてましたので載せておきます。
2023.12.26 謝意と共に。
kyoshimine.com

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